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まだ外に行けない?

 事業所の庭で鬼ごっこをするのが今はとっても楽しいようで、 ある子は、雨が降っている時は、「ほら、もうやみそうだよ」と教えてくれます。 別な子は、「そろそろ外に行ってもいいんじゃない?」と提案します。 他の活動や時間や気温や子どもたちの状態像を加味して、 保育士が「じゃぁ、そろそろ行こうか」と言って庭に出ます。 保育士は、子どもたちと一緒に真剣に、 鬼の時は追いかけ、鬼じゃない時は逃げ回ります。 子どもたちはエンドレスに続けますから、 それはそれは疲れると思いますが、うちの保育士は一緒に走り続けます。 その姿を見ていると、僕は頭が下がります。 (昔みたいに走れなくなったなぁ・・・と反省します) 子どもたちは、「また明日ね」と笑顔で手を振り帰っていきます。 そんな嬉しい言葉と姿をいただき、一日を終えます。 そして、その鬼ごっこの姿の中から、その子たちのちょっとした変化について話をします。 「こういう面、今までなかったね」とか、 「今日の〇〇君はきっと、今まで△△だったんだね」等々。 子どもから元気をいただく日々です。 保育士らに、そして利用している子どもたちに 「ありがとうございます」の気持ちしかありません。 (柿原 勝)

地味な関わりかもしれませんが・・・

 にしのさぽーとの保育士は、「子どもたちが大好きです」オーラが出ています。 その保育士から「すごーい!!」と拍手を何度ももらう子どもは、 自然と「もう1回!!」となります。 そして、また「すごーい!!」と拍手をもらいます。 この繰り返しを何度も何度もします。 僕は、この地味な関わりをとっても大事だと思っています。 派手さはないですが、それで良い、いやそれが良いと思っています。 (柿原 勝)

多角的な視点

 子どもたちのことを様々な職員が見る、関わる。 その職員の関わり方について、「良いとか悪いとかを問う」のではなく、 職員たちで、子どもたちの姿から、どう見たかを話し合う。 例えば、「公園遊びの後半、もっと遊ぼうと提案した姿」から、 今までよりも自分のしたいこと、自分の気持ちを伝えれるようになったと思ったとか、 同じ子どもに対して、「室内で〇〇と△△して遊んでいたいた時の姿」から、 本当は「?」と明らかに感じていたのに、それを指摘したり、言い返したりせず、 言葉を呑んだので、大人には言えても同年代には言えないのなだなと思ったとか、 こんな風に、子どもの姿について話をすることはとても大切だと思っている。 そしてもう1つ、事業所内の職員だけでなく、保護者に家庭の姿を聞いたり、 学校や保育園の教員・保育者に話を聞くこともとっても大事である。 自分が知っている姿だけが全てではないと、決して勘違いしてはいけないと、 昔ある研修会で教わったとても大事なことである。 自分はまだまだ分かってないと思うことで、 また見えてくるものがあるように思う今日この頃だ。(柿原 勝)

自分のしたいこと、欲しいものを言えるとは・・・

 子どもたちには、自分の気持ちや考えを言えるようになって欲しいと常々思っています。 でもね、それは子どもたちの課題ではなく、周囲の大人の常日頃の空気に大きく影響するとおもっています。 僕は、この人ならば言えるけど、あの人には言えないという子でした。 その違いは、その人の温かい空気です。 その違いを全身(感覚)で感じるのです。 僕は、その時の「この人」を目指し続けています。 そんな中、最近「〇〇がいい」「△△したい」と言えるようになってきたことに 無茶苦茶心の中でガッツポーズをしています。 うんうん、いいのです。 ここでは、変な気を遣う必要なんてないのです。 そんな場所にはしたくないと思っています。 ただし、これは1・2回言えたからOKでは決してなく、 今後は、「あれもこれも!!」となってくる日もくるのです。 そんな時こそ、自分たちが試されるときです。 常日頃を継続していくのみです。(柿原 勝)